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東京地方裁判所 平成元年(ワ)70275号 判決

原告

バンクオブクレジットアンドコマースインターナショナル

右日本における代表者清算人

釘澤一郎

右訴訟代理人弁護士

綿引末男

北尾哲郎

被告

東京三洋貿易株式会社

右代表者代表取締役

熊谷孝雄

右訴訟代理人弁護士

花輪達也

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万一五九〇米ドル及び内金五〇万一五五〇米ドルに対する昭和六三年二月二二日から、内金四〇米ドルに対する平成元年八月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文第一項と同旨

第二事案の概要

一本件は、原告・被告間において昭和六二年四月一七日に締結された銀行取引契約及び外国為替取引契約に基づいて、別紙手形目録記載の為替手形一通(以下「本件手形」という。)の手形金額金五〇万一五五〇米ドル及び拒絶証書作成費用金四〇米ドルの合計金五〇万一五九〇米ドル並びに右手形金額に対する満期である昭和六三年二月二二日から、拒絶証書作成費用に対する訴状送達の日の翌日である平成元年八月一六日からそれぞれ支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める事件である。

二争いのない事実(1ないし5)及び証拠により認められる事実

1  前記銀行取引契約及び外国為替取引契約において、次のような特約がなされた。

(1) 被告は、原告から外国向為替手形の買取りを受けた後、右手形の支払義務者について破産の申立て等があったときは、原告から何らの通知、催告等がなくても当然に、右手形を手形金額で買い戻し、直ちに買戻金及びこれに対する満期以後の遅延損害金を支払う。

(2) 拒絶証書の作成が免除されている場合でも、原告は被告の費用負担のもとに拒絶証書を作成することができる。

2  原告は、昭和六二年八月一八日、被告から本件手形を金七五三〇万七七三二円で買い取った。

3  原告は、外国為替取扱銀行であり、本件手形について、昭和六二年八月一八日政府との間で輸出手形保険契約を締結した。

4  本件手形は昭和六二年九月二四日支払人に対し一覧のため呈示されたので、その満期は昭和六三年二月二二日となった。

5  昭和六二年一一月二三日本件手形の支払人について米国の南部フロリダ合衆国破産裁判所に対し破産の申立てがなされ、同日右申立てが受理された。

6  原告は、昭和六三年三月四日、支払人に対し本件手形を支払いのため呈示し、公証人に対し拒絶証書作成費用として金四〇米ドルを支払った。

7  本件訴状送達の日の翌日は平成元年八月一六日であることは本件記録上明らかである。

三争点

原告は、本件手形について、銀行取引契約及び外国為替取引契約に基づいて買戻請求をするものであるが、被告は、原告が本件手形に輸出手形保険を付したことから、本件請求においては貿易保険法及び輸出手形保険約款が適用されるべきであると主張しており、その適用の可否と、既に輸出手形保険金の支払がなされている場合に買戻請求をすることは権利の濫用となるか否かが本件における争点である。

第三争点に対する判断

一被告は、本件手形は、輸出手形保険が付されていることから、貿易保険法及び輸出手形保険約款の定めは、外国為替公認銀行が銀行取引契約及び外国為替取引契約に定める買戻請求権を行使する場合にも適用されるべきであり、同法及び約款は、保険事故につき振出人の責めに帰すべき事由がない場合には、そ求権の行使ができない旨定めており、したがって、原告の被告に対する本件手形の買戻請求は許されないと主張するので、まず、この点について判断する。

被告が主張するように、貿易保険法は、保険金の支払いを受けた外国為替公認銀行は、荷為替手形の満期において支払を受けることができず、又は荷為替手形につきそ求を受けたことについて荷為替手形の振出人の責めに帰すべき事由がない場合は、支払を受けた保険金に相当する金額についてそ求権を行使してはならない旨を(同法五条の一〇第一、二項)、また、輸出手形保険約款は、外国為替公認銀行は、保険事故の発生が、荷為替手形の振出人の責めに帰すべき事由がない場合、振出人に対して支払を受けた保険額に相当する金額について支払いを請求してはならない旨を(同約款一九条)それぞれ定めている。

原告は、被告との間で銀行取引契約及び外国為替取引契約を締結し、右各契約の定めるところにしたがって本件手形を被告から買い取り、取立委任者において呈示をしたところその支払を受けることができなかったので、公証人による支払拒絶証書の作成を受けてその返還を受け、所持するに至ったものである。そして、被告に対して、銀行取引契約及び外国為替取引契約に基づく買戻請求権を行使して、本件手形金額及び支払拒絶証書作成費用の支払を求めて本訴を提起した。右のように原告は、被告との間で締結された右各契約の定めるところにしたがって買戻請求をしているのであるが、本件手形について輸出手形保険が付されていたことから、当該保険に関する法令・約款との整合性が問題となる。

1  本件において問題となっている輸出手形保険の制度は、政府が、貿易保険法に基づいて外国為替公認銀行を保険契約者、被保険者として締結する輸出保険の保険契約に基づいて運用される保険制度の一つである。右制度は、被保険者である外国為替公認銀行が、その振出人である輸出者から直接買い受けた輸出手形(荷為替手形)が期日に支払い又は引受けを受けることができなかった等の保険事故が発生した場合に、保険者である政府が被保険者である外国為替公認銀行に対して右損失額を輸出手形保険約款の定めるところにしたがって補填することにより、輸出手形の買取りをした外国為替公認銀行を保護し、ひいては買取りによる信用供与の円滑化を図ることを目的とする制度である。

輸出保険契約を締結した外国為替公認銀行が、個別の荷為替手形を振出人から買い取り、右の輸出手形保険約款所定の期間内にその旨を政府に通知することによって、その個別の荷為替手形について買取りを行った日に遡って輸出手形保険関係が成立する。

外国為替公認銀行は、手形価額を保険価額とし、右約款の定めるところにしたがって一定の割合の保険料を通商産業大臣宛に支払い、荷為替手形につき保険事故が発生してその損失が発生した場合、政府は、保険価額に対する一定の割合の保険金をもって補填をする責めを負うこととなる。そして、右輸出手形保険により政府から外国為替公認銀行に対して保険金が支払われた場合、外国為替公認銀行は、当該輸出手形について遅滞なく手形上の権利の行使及び附属貨物の処分その他附属貨物に関する権利の行使に努めなればならないのであって、これにより回収金を得た場合には政府に対して国庫に納付しなければならない義務を負うこととなるのである。

これら輸出手形保険に関する権利関係を規律するのは、先に述べたように貿易保険法及び輸出手形保険約款である。

2  本件において原告が、被告に対して請求しているのは、原告と被告との間において締結された銀行取引契約及び外国為替取引契約に基づく買戻請求権である。

右約定によると、被告の依頼により外国向為替手形を買受けた後、支払義務者について支払いを受けられない事由が生じた場合には、原告からの通知・催告がなくとも当然に手形面記載の手形金額で買い戻す義務を負担し、直ちに弁済する旨の約定がある。これは、輸出者らの輸出代金の回収のためにその依頼を受けた原告が、輸出者らの速やかな輸出代金の回収の便益のために形式的な審査で輸出手形を割り引く便益を供与することを約し、その反面、これにより原告が買い取った荷為替手形について、満期に支払いを受けることができなかったような場合には、被告が右荷為替手形について無条件で即時買い戻す債務を負担することにより、簡易かつ迅速に買戻金の回収することを企図した約定である。

3  以上のように、原告の被告に対する本件請求権の行使は、右原・被告間で締結された銀行取引約定及び外国為替取引約定等の契約関係に基づいた請求権の行使であり、貿易保険法に由来する輸出手形保険約款に基づくものでない。そうであるとすれば、本件銀行取引契約及び外国為替取引契約に基づく請求権の行使について、貿易保険法あるいは輸出手形保険約款の定めるところの規定の適用がある等の特約のない限りこれらの諸規定あるいは約款の規定等は直接は適用されるものでないことは明らかであり多言を要しないところである。のみならず、両者は、法的あるいは権利義務の主体、権利発生の法的根拠、法律効果あるいは権利の行使手続き等を異にしており、相互に他を補完するものとして便宜適用されるべき場面があることを当然に予定した規定もない。

したがって、原告の被告に対する本件手形の買戻請求権の行使については、外国為替公認銀行のそ求権の制限を定めた貿易保険法及び輸出手形保険約款が適用されることはないというべきであるから、これを前提とする被告の主張は採用し得ない。

二被告は、輸出手形保険の保険料は、実質上輸出者が負担しており、輸出者に責めに帰すべき事由がない場合にも、買戻請求がなされることを肯定すると保険制度の保護を受けられないこととなり、貿易保険制度の主旨が没却される旨主張する。

輸出手形保険の制度は、先にも述べたように、輸出手形の満期に支払い又は引受けを受けることができなかった等の事由が生じた場合に、右輸出手形を買い取った銀行の損失を補填するとともに、手形の不渡が輸出者の責めに帰すべき事由によらない場合には、外国為替公認銀行が、支払保険金相当額を輸出者に遡求することを禁止して、無責の輸出者の保護をも図る制度である。

右輸出手形保険を利用できるのは、外国為替公認銀行に限られており、保険関係が成立した輸出荷為替手形の保険料については、外国為替公認銀行が、徴収官の指定するところに従い、国庫に納付することになるのであって(輸出手形保険約款一四条)、右保険料納付は、外国為替公認銀行の義務の一つであり、これを怠った場合には、政府は保険金の全部又は一部について支払が免責される。保険金の支払義務は、外国為替公認銀行の政府に対する義務であって、輸出者が、右保険金の全部又は一部を負担すべき義務を負うものでない。被告が主張するように輸出者が実質的に保険料を負担することがあっても、輸出手形保険制度がこれを前提として制度化されているものではない以上、それは輸出手形の取立て等を依頼した輸出者と依頼を受けた銀行間の契約をはじめとする法律関係により規律される範疇の事柄に由来するものである。

三原告は、保険事故があった本件手形について、輸出保険により保険金の支払いを受けているのであるから、さらに被告から本件手形の買戻金の支払を受けることとなれば、保険事故が被告の責めに帰すべき事由のない被告の負担のもとに二重の利得を得ることとなるから、原告の本件請求は権利の濫用であると主張する。

〈書証番号略〉によれば、原告は、平成元年一二月六日、政府から輸出手形保険に基づく保険金として本件手形金額の八〇パーセントに相当する金五八九一万四〇六八円の支払いを受けた事実が認められる。そこで、原告が、被告主張のように二重の利得を得ることを前提として、本件手形の買戻しを求めているか否かが問題となる。

輸出手形につき保険事故が発生したことにより損失が生じた場合、外国為替公認銀行は、政府から一定の割合による保険金の支払を受けることができるが、その反面、当該荷為替手形について遅滞なく手形上の権利の行使及び附属貨物の処分その他附属貨物に関する権利の行使に努めなければならないし、保険金の支払いを受けたときは、右の権利の行使の状況について通商産業大臣が定める期間ごとに書面で報告しなければならない(輸出手形保険約款一二条三項、四項)。また、外国為替公認銀行が、保険金の支払を請求した後回収した金額があるときは、その回収金を歳入徴収官の指定するところに従って国庫に納付しなければならないのである(同約款二〇条)。したがって、原告が輸出手形保険制度を遵守する限り、本件手形の買戻請求権の行使により本件手形金相当額の支払いを得たとしても、その利得を原告において保持することにはならない。また、本件において原告が、被告主張のような二重の利得を得ているとする証拠はないし、また、二重の利得を得ることを企図して被告から本件買戻請求権を行使していることを認める証拠もない。

以上のとおり、原告の本件請求が二重の利得を得るから権利の濫用であるとする主張は、理由がないので採用し得ない。

四また、被告は、本件手形が、不渡となったことについて本件手形の振出人である被告の責に帰すべき事由がないのであるから、原告の本件請求は、権利の濫用であると主張する。

被告の右主張は、貿易保険法並びに輸出手形保険約款の規定を念頭に置いた主張であることは明らかである。そして、右諸規定が原告の本件請求に適用されないことは縷々述べてきたとおりである。本件手形の振出人は被告であり、支払人兼引受人はテルスター社であるところ、本件手形は、右テルスター社の破産によりその支払いを受けることができなかったものである。ところで、原告と被告間で締結された外国為替取引契約によると、外国向為替手形の買取りを受けた後、その支払義務者について支払の停止または破産、和議開始、会社更生手続開始、会社整理開始もしくは特別清算開始の申立があったとき等の銀行取引約定の定める事由が生じた場合には、被告は、原告からの通知・催告等がなくとも当然に手形面記載の金額の買戻債務を負担し、直ちに弁済することを約しているのであって(〈書証番号略〉)、これによると本件手形の支払人兼引受人であるテルスター社が、破産したことにより原告において本件手形の支払いを受けることができなくなったのであるから、原告は、右約定により被告に対し手形金額の買戻債権を取得するに至ったことは明らかである。そうであるとすれば、テルスター社の破産が被告の責めに帰さない事由によって生じたとしても、右事実だけでは原告の本件手形の買戻請求権の行使を阻止する事由とならない。

第四結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官坂野征四郎 裁判官山之内紀行)

別紙手形目録

為替手形

金額 金五〇万一五五〇米ドル

満期 一覧後一五〇日(昭和六三年二月二二日)

支払地 米国フロリダ州マイアミ市

振出日 一九八七年八月一一日

振出地 東京

振出人 東京三洋貿易株式会社

支払人兼引受人 テルスター・マニュファクチュアリング・コーポレイション

受取人 バンク オブ クレジットアンド コマース インターナショナル S.A

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